ゲーテとリスボン大地震

エッセイ風に

1775年11月1日、ゲーテが6歳のとき、西ヨーロッパに巨大な地震が発生しました。

リスボン大地震です。

この大地震は、ポルトガルのリスボンを中心に甚大な被害を出しました。当時の西ヨーロッパ社会全体を、物理的にも、政治的にも、そして精神的・思想的にも、大きく揺り動かしたのです。

ゲーテは、自伝『詩と真実』において、当時のことを下のように書き記しています。

しかし、異常な世界的大事変が生じて、私の心の平安は生まれて初めて根底からゆるがされた。一七五五年十一月一日、リスボンに地震が起こって、長らく平和と安泰になれていた世界に恐るべき衝撃を与えた。大きな商業都市、港湾都市である壮麗な首都が、なんの予告もなくもっとも恐るべき不幸に見舞われたのであった。

ゲーテ『詩と真実』第一部、山崎章甫、河原忠彦訳(『ゲーテ全集 9 新装普及版』、潮出版社)

ゲーテ少年は衝撃を受けました。そして、これに続けてゲーテは次のように書き記しています。

このすべてをくりかえし聞かされた少年の心は、少なからずゆるがされた。信仰箇条の第一条の説明によって、賢明で慈悲ぶかいものと教えられてきた天地の創造者にして保持者たる神が、正しい者も不正な者もひとしく破滅の淵に投じることによって、万物の父たる実を示さなかったのである。少年の心は、これらの印象から容易に立ち直ることができなかった。ましてや、哲学者や神学者でさえ、この現象をいかに解すべきかについて一致することができなかったのであるから、いよいよもってそれは困難なことであった。

ゲーテ『詩と真実』第一部、山崎章甫、河原忠彦訳(『ゲーテ全集 9 新装普及版』、潮出版社)

現在のように自然科学が発達していない、当時の西ヨーロッパ社会においては、一般的に、自然災害は神の神罰であるというように考えられていました。

その意味で、この出来事は、ゲーテ少年がそれまで信じていた素朴な信仰心に、また自然観に、大きな動揺を与えたことは確かです。

つまり、「賢明で慈悲深い」はずの神が、どうして罪なき多くの人々の命を、見境なく奪っているのか。ゲーテ少年にはそれが理解できませんでした。当時の哲学者や神学者にも、同じように理解できなかったのです。

仕方がありません。二十一世紀に生きる私たちにも、それは同じように分からないのですから。

なぜならば、「どのように」「いつ」地震が起きるのかということは解明されうるとしても、「なぜ」地震が起きたのかは、科学では解明できないからです。

その意味はこういうことです。

なぜ今日という日に地震が起きたのか、そのことが私たちに対して持つ意味は、科学では決して答えられないことなのです。

その意味で、私たちも、ゲーテ少年や当時の哲学者や神学者と同じ問いかけを、神や自然に向かって問いかけ続けるしかないのでしょう。

*本日1月1日の午後4時頃、石川県能登地方で最大震度7の地震が発生しました。被災された方々の無事を心よりお祈り申し上げます。

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