外は雨でした。
私は家で『イタリア紀行』を読んでいました。
この、なんとなくどんよりとした気分を、晴れやかにしてくれる気がしたからです。
ゲーテを乗せた馬車は、ゆっくりと峠道を進んでいます。
ゲーテはいま、イタリアへ向かう途上にいます。
道中、ゲーテは目にした山々や雲の形に驚き、気温や湿気を肌で感じています。
通り過ぎる土地土地の気候をつぶさに観察し、鉱物や岩石にも細やかに眼をとどめ、梨やぶどうを見つけては、子供のように大喜び。
また、すれ違う人々の帽子や服装にも注意を払い、何気ない風景に一幅の絵画を見ています。
夕暮れ時には、遠くから聞こえてくる、こおろぎの大合唱と、子供たちの口笛を一人楽しんで、一日を終えます。
私は思いました。
ゲーテとは、なんと晴れ晴れした人間でしょうか。
私の固くなった心を解きほぐしていく。ゲーテにはそういう作用があります。
この世界にたいする興味の広さと豊かさが、何より羨ましい。
どんな名声よりも、巨万の富よりも、価値あるものをゲーテは持っていたと感じます。
「世界はこんなにも豊かなんだよ」
ゲーテはいつでも、そのことだけを言っている気がします。
ウェルテルだって、タッソーだって、イフィゲーニエだって、ファウストだって、みんなそれだけを言っているのかもしれません。
つまるところ、ゲーテは、それだけが言いたかったのかもしれません。
気がつくと、空は晴れていました。
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